The Commitments (邦題 ザ・コミットメンツ)

ロディ・ドイル原作の同名の小説がベースの映画。1991年制作。アメリカ資本制作のアイルランド映画。監督はアラン・パーカー

舞台はダブリン。ダブリンはダブリンでも今とは雰囲気がぜんぜん違う80年代のお話、しかもリッフィ側北岸のノース・サイド、労働者のコミュニティーのお話。そこで生まれ育った若者達が黒人音楽に憧れ、バンドを結成するという青春群像物。ラストはちとほろ苦いけど、音楽がかっこいいし、それぞれキャラが立っているし、素直に面白い。それに、住宅街で駆けずりまわる溢れんばかりの子供たち*1や、住宅街で飼われている馬*2。この辺がものすごくアイルランド的な風景だ。

80年代のダブリン、僕が始めてこの街に訪れた90年代のダブリン、そして今現在のダブリン。この街はものすごいスピードで変化している。でも唯一変わらないのは、ダブリンにおける南北問題だと思う。簡単に言えば、上品で中産階級的な南に対して、北は労働者階級的で、下世話で、ちょっと危ない。この構図は徐々にだけど変化している。今僕はダブリンの北側で生活しているけど、僕が住んでいる家のある地域は最近開発された分譲住宅街なので、安全で環境はものすごくいいけど、でも平板で単調な、そんなところだ。でも、その周りにある、そしてもう少し北側にある古くからの街は、ちょっと勝手が違う。町並みは綺麗になりつつあるけど、僕が垣間見るそういうところの現実は、おそらくこの映画や、原作の小説が描いているものとあんまり変わりがないのだろう。

そういう貧しく、虐げられているというわけでは決してないけど、でも現実社会において、自己実現や社会的成功という面である程度疎外されている若者達が、黒人音楽への憧憬や黒人へのシンパシーを梃子に自分達が何物であるのか、そしてそれにこそ誇りを持つべきであるというように転回していく樣は、見ていて爽快だったりする。

アイルランド人はヨーロッパの黒人だ。 ダブリンっ子はアイルランドの黒人だ。ダブリン北部に住んでる奴はダブリンの黒人だ。」
The Irish are the blacks of Europe. Dubliners are the blacks of Ireland. North Dubliners are the blacks of Dublin.

という台詞がすべてを物語っているだろう。これは19世紀にアメリカに渡ったアイリッシュ移民への差別の経験が根本にある。言葉、宗教が移民先での文化とあまりにも異なっていたアイリッシュ移民、そしてその多くが飢えや貧困から逃れるために新大陸に渡ったわけだけど、そこでの生活も決して楽ではなかった。そしてそういう文化の違いが他のヨーロッパ系白人から蔑視につながった。文字通り「白い黒人」として扱われた過去がある。

でも、そういう前提抜きに僕はこの映画が好きだ。特に音楽が。それは僕が、黒人に生まれてきたかったけど、そうじゃない人種に生まれてしまった人間が、その憧れをベースに奏でる悲しい音楽が好きだからなんだと思う。無論逆もまたしかり。

しかし、この映画で描かれている影は、現代の資本主義の光が増すにつれて、その濃さを増している。ドラッグの問題や暴力の問題は、その後に生まれた違う問題群、例えば日増しに増えていく「よそ者」*3への敵意などと結びつき、大きな社会問題になりつつある。それが今後どういう展開になっていくのか、いろいろな変数が関係してくるし、アイルランド一国レベルの話ではなくなるので、今のところまったくもって予想がつかない。でも、音楽とかその手の文化には、そういう現実の問題を乗り越えるだけの力があると、ぼくは信じている。

どうでもいいけど、だれかこれ日本語でリメイクしないかな?舞台は大阪とかでやったら結構いけそうなんだけど。楽器ができたり、歌が歌える役者さんとか芸人さん一杯いることだし。

*1:なんせ96年まで中絶が法律で禁止されていて、なおかつカソリックな国だから、いまでも出生率は高い。たぶんEUでももっとも高いはず。結果現在ものすごい勢いで人口が増えている。そして若年者比率もものすごく高い。それでも19世紀の半ば、僕が研究している時代より人口が少ないという複雑な近代化の過程があります。

*2:今でもダブリンのスミス・フィールドでは馬の定期市があります。家のすぐ横は乗馬クラブがあるので、結構な数の馬が、半ば放し飼い状態です。家の裏庭とかで飼っている家も結構あります。なにより清涼飲料の景品でロバとかがあたるとかいうキャンペーンがあったりします。馬じゃないけど。

*3:この映画にはほとんどそういった「よそ物」たちがでてこないことに注目してほしい。